ソ連崩壊25周年 ソ連の崩壊が招いた世界秩序のメルト・ダウン
(これは昨年末のNewsweek日本語版に掲載された記事の原稿です)
ソ連という世界2位の超大国が崩壊して25年。筆者はソ連時代のロシアに5年住んだ。自由でいようとする者にとってソ連は苛酷な社会だったが、大衆はぬくぬくと暮らしていた。
ソ連・・・あれは何だったのか? 米国との冷戦で、世界は核戦争寸前といつも言われていた。だが実際には、米ソ双方とも核戦争を避けるため自重したので、世界はかえって安定していた。
ソ連・・・それは、19世紀の産業革命、工業化が生み出した格差に対する抗議の声をまとめたものでもあった。それにはマルクス主義という名がつけられて、世界の世論を二分した。
1991年、冷戦が終わったことで、米ソ対立に隠されていた別の対立軸が前面におどり出し、世界を引き裂く。それは工業化に成功した先進国と、工業化のあおりを食うだけの途上国、旧社会主義諸国との間の格差がもたらす対立であり、イスラム・テロもこの活断層から生まれたものだ。
そしてソ連がなくなった後、米国は、外国を独裁国と決めつけては反政府運動を煽り、政権を倒してしまう民主化の動きを世界的に展開、旧社会主義諸国、途上国の一部を収拾のつかない混乱の中に投げ込み始めた。ソ連がなくなったことで、自分達は特別な使命を持つ国なのだという米国人の傲り(「米国例外主義」)に歯止めが効かなくなったのである。
他方、マルクス主義はソ連末期の経済崩壊でその権威を失ったが、格差に対する抗議の声は現在、右翼・国粋主義、そして反移民運動として顕在化している。面白いことにプーチン政権は、かつてソ連が国際共産主義運動の旗を振ったのに似て、先進諸国の右翼勢力との提携を強める。ロシアとしては、米国が展開する国際民主化運動にこうやって対抗しているつもりなので、英誌エコノミストはこれを、「プーチン主義運動」と名付けて揶揄する。
右翼・国粋主義、反移民運動は、政治家に煽られてポピュリズムの大波となると、英国でのEU脱退国民投票や、米国でのドナルド・トランプ大統領候補の当選となって、先進諸国の体制を覆すに至っている。
ソ連・・・それは日本にも爪跡を残す。ソ連は、終戦直後の日本の占領統治に参加させてもらえなかったが、「革新」勢力を支持して日本の権力を掌握せんとはかった。そして日本の革新勢力はソ連との手が切れた後も、ソ連が崩壊した後でも、投資より分配に過度に傾斜した経済政策、そして反米への幻想を捨てない。「革新」勢力は、戦前の国粋主義を奉ずる一部保守勢力と好一対で、今でも権力奪取の見果てぬ夢を追う。
ソ連と同様、化石的存在である、この日本での「保守・革新」対立構造を尻目に、現実の世界はこれから、弱肉強食の掟が支配する、奪い合いの時代に突入しようとしている。1991年ソ連の崩壊で現出した米国一極化現象はイラク戦争で頂点に達したが、その戦費の垂れ流しは2008年リーマン危機というバブル崩壊をもたらし、米国の地位を大きく後退させた。オバマ政権は海外への派兵を避けたのはいいが、明確な見通しもなしに他国を「民主化」する動きを止めなかったため、ウクライナ、シリアのような先の見えない紛争を生み出した。
その結果生まれた「無極化世界」の混乱の中、トランプはそれに背を向け、米国だけの利益に集中しようとしている。それによってこれから起こる「製造業の奪い合い」は、17世紀行われた英蘭仏、重商主義諸国の間のゼロサム・ゲームを思わせるものになる。
経済グローバル化の中では、製造業に頼らずとも富と雇用を生むのは可能であるにもかかわらず、トランプが展開する製造業の奪い合いは、「国家」という時代遅れのマシンを再び舞台の中央に引き出すだろう。国家が企業に命令して、海外への工場流出を止めるようになるからである。
こうやって、国家が経済の主人面をし始めると、「ノマド」(遊牧民族。実力で世界を渡り歩く人間のこと)など、ひところ流行った強い個人はしばし休息ということになる。これからの数年は、「国家」の意味が増すだろう。国家が公平な分配を保証する、「国家社会主義」。何のことはない。ソ連的なもの――ドイツではナチズムと呼ばれた――は、世界中で甦ったのだ。
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