2011年3月のアメリカ 印象記6ーー米中対立・接近、どちらも歩留まり
米中関係は、かつての米ソ関係というほどには全世界に関わるものではない。グローバルな力のバランスを決めるうえで重要な欧州に米中関係は関わっていないことが、その一つの理由だ。でもアジアで枢要な地位を占め、しかも中国の隣りに位置する日本にとっては、米中関係はもっとも重要な外交ファクターになっている。アジア、そして世界における日本の立ち位置は米中関係と密接に連動する。
2年前アメリカに来たときは"G2"、つまりアメリカと中国で世界を仕切って行けるかも、という姿勢がアメリカの一部にもあった。だが大勢は、それほど中国との協力に幻想を持っていたわけではない。むしろ、アメリカ1国で中国に対処していくのはきつ過ぎる、アジアで頼れるのは日本をおいてない、という意見も強く見られた。
だから僕は、"The stronger China becomes, the more important Japan becomes for the U.S."なんだと思い、そのことをアメリカでも日本でも言い、ブログにも書いてきた(たとえばhttp://www.japan-world-trends.com/ja/cat-40/post_269.php)。今そのとおりになっているので、うれしい。と同時に、日本が何もしなければアメリカもいつかは日本を放り出すだろうことは忘れてはいけない。アメリカは決心するのが速いのだ。
これは、別に「捨てられるのがいやだ」というだらしないことではない。今度の原発問題も示すように、自分で自分を治めるガバナンスに欠けた日本が、同盟国もいない孤立した境遇でうまく世界を渡って行けるかという不安に感ずるということだ。
そんなところが今回得た印象だが、集めた話をもう少し詳しく書いておく。
米中関係が醒めた理由
ワシントンのある中国専門家の言。「米中関係は2年前の期待に満ちたものから、醒めたものに変わっている。それは、グローバルに協力していこうという(大袈裟に"G2"などと言われたが)アメリカからの呼び掛けを中国がすげなく断ったこと、そしてその後政治レベルでも軍事面においてもアメリカに挑戦的な姿勢を示したことに起因する」
―――まあ、米側も伸びる中国を取り込もうとしてG2とかいう甘言を弄してみたが、その手には乗らじと中国に身をかわされて、ほぞをかんだというところだろう。中国側に言わせれば、「グローバルな協力と言うけれど、元の切り上げや炭酸ガス排出規制など、中国の利益を犠牲にしないとできないものばかり。それに経済がもう駄目になってしまったアメリカは、儲かる相手ではなくなった。中国は内需でやっていけるし、軍備も整えて中国の昔の栄光を取り戻すのだ」というところか。
これは、中国経済の急成長はアメリカ市場への豪雨的輸出によって達成された恩を、中国人が認識していないということ、「アメリカ経済はもう駄目になってしまった」、「中国は内需でやっていける」という誤ったパーセプションに踊らされていること、一口で言えば中国の要路に経済的知見が不足していることを表している。「どちらの国が腕っ節が強い、弱い」、「どちらのGDPが大きいか、小さいか」で国にランクをつけようとする旧社会主義国の悪弊が出たものだ。生活の質とか自由度などは、彼らの指標に入っていない。
他方、米中関係の冷却化が日本に示す教訓は、アメリカから何か協力の呼びかけがあった時、「できません」、「関係ありません」とすげなく断ると、アメリカ人も面子を失ってこちらへの対応を大きく変えてくる危険性がある、ということだ。「うーん、ちょっとねえ・・・・・。でも何ができるか考えて、すぐ返事します」ととりあえず答えたうえで、アメリカが頼んできたことの筋から外れていてもいいし、頼んできたことの10分の1でもいいから何かできることをすぐ伝え、その後も前向きの話し合いを続けて行くのがいいのだ。
僕も外務省にいる頃には、なんでアメリカにもっとはっきりものを言わないのかと何度も思ったものだが、その時の事情は今書いたようなことなのだろう。このようなやり方は、日本の社会で友人や顧客と付き合うときには当然の話である。「日本とアメリカは同等だ」という硬直した姿勢で、木で鼻をくくったような対応をすると、その後の負担はもっと大きなものになるということだ。
経済的利益はどこまで米中関係を支えるか?
アメリカの外交は、民主主義・自由といったイデオロギー的建前と、安全保障上の利害、そして経済的な利益の間で揺れ動く。1990年代前半、「雇用の拡大」を最重点に掲げたクリントン政権は日本経済たたきを極端にまで進め、日本の対米輸入に数値目標さえ課そうとした。だがこれによって日米関係悪化が極度にまで進んだ1993年9月、ハーバード大学のヘンリー・ロソフスキー教授等著名な経済学者たちが数値目標のような計画経済的アプローチを取ることを戒める公開書簡をクリントン大統領に送り、94年3月にはジョゼフ・ナイ等安全保障分野の要人たちが安全保障面でのパートナーとしての日本を重視するべき旨を説いた公開書簡をクリントン大統領に送った。安全保障面での考慮が、経済関係面における政策の行き過ぎを止めたのだ。
現在同じようなことが、少し形を変えて米中関係にも起きている。ここでは、経済関係における過度の期待が、安全保障上の懸念によって醒めたものに転じたのだ。そこで今回の僕の関心は、次のようなものだった。
①いくら米中関係が醒めたものになったと言っても、中国との経済関係に既得権を持つ米国企業はまだ多いだろう。たとえばアメリカの投資銀行は『中国経済はすごい、すごい』と囃したてては中国の株価を吊り上げて儲け、GMなどの製造業も昨年は中国での生産量が米国での生産量を上回ったりして、すっかり中国に入れ込んでいる。そしてアメリカ国内では、中国製品を輸入販売して儲ける流通業が確固とした中国ロビーとして存在しているに違いない。
だから米中関係が醒めたと言っても、こうした経済要因は米中関係を下支えする要因として残っているだろう。彼らの力はいかほどのものか?
②他方、米欧日等からの直接投資とこれら諸国への輸出で急成長が可能になったにもかかわらず、それを自力だけで達成したと思い込んで挑戦的な言動に訴える中国は危険だ。西側は直接投資を中国から他の国に振り向けたり、アメリカ国内の製造業を振興する方が合理的ではないか?
このような問題意識をぶつけたのに対する、アメリカ人専門家の答えを次に列挙しておく。
①ワシントンのある中国専門家の言。「米中は、経済関係が密接なところが、かつての米ソ関係と違うんですよね。米ソ関係では経済関係が希薄だったから、とことんまで対立できた。ところが今の米中関係でそれをやったら、中国で操業している米系企業を接収されかねない」
(注:「接収」云々は2人の専門家が言及しており、ワシントンではかなり一般化した見方のようだった。これは超大国アメリカでさえ、中国に企業を接収されたらどうしようもないと思っている、ということなのだ。日本企業の場合、接収されるリスクは米系企業以上にあるだろう)
②ワシントンのある中国専門家:「GMが中国でアメリカ以上に生産しているというの、少し控え目に見なくてはいけないかも。というのは、中国で生産しているもののうちかなりがアメリカに輸出されているかもしれないし、500万台はあると推定される中国の「公用車」に米車を優先的に購入することで統計は膨れるからだ。アメリカの投資銀行が中国の株で儲けているとおっしゃるが、彼らは株よりもアドバイス業務で儲けているのではないか?」
③ワシントンのある中国専門家:「西側企業が中国でやっている生産を他の国に移すというのは、なかなか難しいものがある。中国ではたとえば車を作る場合、必要なペンキとか布とか部品とかが簡単に調達できるサプライ・チェーンが成立していて、これを他国に移すのは大変だから(注:つい2年くらい前までは、中国では電力が足りない、運輸能力が足りない、サプライ・チェーンがない等、問題だらけだったのだ。そのことは、サプライ・チェーンはけっこう短期に整備し得ることを意味しているかもしれない)。それに、中国人は納期を守る」
中国系アメリカ人は反日か?
2005年3月、日本が国連の安全保障理事会常任理事国になろうと運動を強めたとき、中国では反日デモが盛んになった。当時、「デモを呼び掛ける声は最初、米国在住の中国人達から発信された」という見方が一部にあったので、実態はどんなものかと思ってアメリカにおけるアジア系マイノリティーの動向に詳しいポール渡辺・マサチューセッツ大学教授に聞いてみた。
その結果は、「アメリカに定住している中国系の人たちは、外交問題に関心はない」というあっさりしたものだった。2005年は多分、中国からの留学生たちが動いたのだろう。
日系について面白いことは、今や上院の最長老になったダニエル・井上議員が上院の歳出委員会(日本の予算委に相当)委員長を務めていることで、ここは軍事費を議論するなかで「中国軍の脅威」問題も扱うのである。
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